すべての生きものは数をかぞえている。チンパンジーや犬だけじゃない。鳥も魚もネズミもライオンもイルカも数をかぞえ、アリもハチも計算し、セミは素数の周期を把握していた!!
言語をもたない生きものも、食べて繁殖して生存するために、数を認識し、かぞえている。いや、計算すらしているのだ――この大胆な仮説を、認知神経心理学の第一人者にして数的能力の遺伝について研究を続けてきたロンドン大学名誉教授が検証。そんな知的好奇心を駆り立てる1冊『魚は数をかぞえられるか? 』から注目の章をピックアップ。
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研究所での調査によると、多くの哺乳類は「数」に基づく識別ができる。イヌは数が多いほうの食べ物を選ぶ。同様の影響は、オオカミ、飼い猫、飼育下のアシカ類、ゾウ、コヨーテ、クロクマにも見られる。最後のクロクマが、少なくとも私にはとくに興味深い。以前、ある学生から質問されたことがあるのだ。「数的能力を持つ生物はみんな、社会的な生物ですか?」と。私が挙げた事例がすべて社会的な動物だったせいで、「だから彼らにとって数的能力が重要なのではないか?」と考えたらしい。
これはとてもよい質問だったが、当時おどおどしながら認めたように、私は答えを持っていなかった。今は、答えを知っている。サラ・ベンソン・アムラムと同僚たちが、次のように記しているのだ。「アメリカクロクマは単独で行動する肉食動物だが、移動刺激と共に提示されても、[点の]数量を識別できる。従って、この能力は社会的な種にだけ発達したものではないし、集団のメンバーを把握しておく必要性から生じた適応とは限らない」
ネコは頭のてっぺんで「数」に反応する
さて、ネコ好きの人には「残酷だ!」と顰蹙を買いそうな調査もある。ずいぶん古い1970年のものだが、カリフォルニア大学アーヴァイン校のリチャード・トンプソンと同僚たちは、ネコの数的能力の神経基盤を調査した。そのためにトンプソンは、麻酔されたネコの脳の「連合野」と呼ばれる領域に電極を埋め込んだ。そこがさまざまな様相の刺激に反応し、それらを結びつけることのできる大脳皮質領域だからだ。幸い、連合皮質のその領域は頭頂葉にあることが判明した。
トンプソンは、一連のクリック音や光のフラッシュに対する、個々のニューロンの反応を記録した。前提となった考え方は、どちらの様相も連合野で認識され、ネコが刺激を聞いた場合も見た場合も、まったく同じニューロンが同じ「数」に対して同じように反応するだろう、というもの。
クリック音か光が1秒おきに、聴覚的もしくは視覚的に連続で提示されるテストをしたあとに、4秒おきにクリック音が聴覚的に連続で提示されるテストが実施された。短い間だが、細胞は刺激の様相や間隔にかかわらず、最大7までの特定の「数」をコード化することがわかった(図を参照)。
ネコは気まぐれに数をかぞえる?
トンプソンと同僚たちは、2つ、5つ、6つ、7つの刺激をコード化する4つの「計数」細胞を観察し、こう結論づけた。「ここで説明される『計数』細胞は、数の抽象的な性質をコード化するかのようなふるまいをする」と。こうした細胞は離散事象[訳注:決まった時間に起こることではなく、たまに起こる事象]によって作動し、それぞれの目標数に至ったときにだけ発火する。(中略)
哺乳類はそれぞれにかぞえている!
野生のライオンやハイエナが抽象的な数的評価を使って、集団間の命に関わる争いを最小限に抑える姿をご紹介した(第3回)。研究所のような環境では、ラットは報酬を得るために音を数えることができるし、ネズミは数えすぎの「コスト便益比」を最適化する形で、少なくとも40回までレバー押しの回数を数えられる。
これらの調査やネコの頭頂葉のニューロンの反応が示しているのは、こうした生物がすべて、生まれながらに脳内にアキュムレータ(蓄算器)のようなメカニズムを備えており、様相や提示の仕方が違っても、「数」に反応できることだ。このメカニズムの起源が、あらゆる哺乳類の共通の祖先にあると考えることはできるし、むしろその可能性が高いのではないだろうか。(翻訳 長澤あかね)
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第1章 数とは宇宙の言語である
第2章 人間は数をかぞえられるか? 第3章 骨と石と最古の数詞
第4章 サルは計算できるのか? ―類人猿とサル
第5章 ライオンとクジラのかぞえ方は? ―哺乳類
第6章 鳥は動物界の計算チャンピオン―鳥類
第7章 カエルの婚活は数が決め手―両生類と爬虫類
第8章 デキる魚は最多数の群れに加わる―魚類
第9章 ゼロを知るハチ・足し算するアリ―無脊椎動物
第10章 あらゆる生きものは数をかぞえる
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ブライアン・バターワース(ロンドン大学認知神経科学研究所名誉教授)