テナガザル「密室出産」のナゾ解明 愛を受け入れた9ミリの穴
長崎県佐世保市の九十九島動植物園で2年前、1頭だけで飼育されていたシロテテナガザルの「モモ」(12歳、メス)が突然、赤ちゃんサルを出産するという珍事が起きた。妊娠の兆候は確認できておらず、いきなり出産したことも驚きだったが、「1頭だけで飼育していたのになぜ」と園側も困惑。「父親はだれか」と大騒動になった。近くには4頭のオスのサルが飼育されていたが、接触の機会はないはず。さまざまな臆測が飛び交った末、遺伝子検査を実施することになり、ついに父親がアジルテナガザルの「イトウ」(34歳、オス)と判明した。ただ、2頭はパンチングボードで区切られた飼育環境にいた。ボードに開いていたのはわずか9ミリの穴。種と壁を超えた「9ミリの愛」の可能性は…。

■突然、赤ちゃんサルが
飼育員がシロテテナガザルの「モモ」の異変に気づいたのは、令和3年2月10日の午前9時ごろ。朝礼を終え、エサを持って獣舎に入ったところ、モモが腕の中に赤ちゃんを抱いていたのだ。

それまで、モモのおなかのふくらみなど変化には気が付かなかった。「見つけた飼育員は何かの間違いかと思ったと聞いている」と動植物園の事業部次長の久野英樹さん(49)は話す。

シロテテナガザルは、国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストで、絶滅危惧種に指定されている。交配を防ぐため、別種のオスと接触しないようにする必要があった。

モモは当初は家族とともに飼育されていたが、近親交配を防ぐためという意味合いもあって数年前から単独飼育していたという。

■難航した父親探し
モモの出産を確認すると、すぐに父親探しが始まったが、これがなかなか難しい。それでも、近くで飼育されている4頭のサルが父親候補として浮上した。

モモは3つ並ぶ展示場の中央の展示場と奥の寝室で暮らしていた。

向かって右には、自分が生まれたシロテテナガザルの家族(父親のオスが1頭)。左側にはフクロテナガザルの家族(性成熟したオスが2頭)が住んでいた。左右の部屋の間には金網があった。二重に合わせて10センチ程度の厚みがあり、腐食などで数ミリほどの穴があったという。

そして、展示場を共有していたアジルテナガザルのイトウだ。それぞれに寝室があり、午前と午後で2頭を入れ替えて展示されていた。入れ替えのときは飼育員が立ち会っており、1頭を寝室に入れた後で、もう1頭を展示場に出し、2頭が接触しないようにしていたという。

寝室と展示場を分けるのは、直径9ミリ程度の穴が開いた厚さ4ミリ程度のパンチングボード。目線が通るようにしてあったという。

動植物園では、父親がだれかを確認するため、赤ちゃんサルと4頭の父親候補の父子鑑定を実施。昨年8月に専門家による調査を依頼し、12月にイトウが父親だとする鑑定結果が出たという。

ただ、2頭の間には直径9ミリ程度の穴しかなかった。そうした環境下で、どうやって交配できたのか。その方法については依然として不明のままだ。

久野さんも「遺伝子検査の結果として、2頭の接触が考えられるが、はっきりとしたことは言えない」と歯切れは良くない。

■「可能性はある」
東南アジアで野生下のテナガザルの調査や研究も行い、今回の遺伝子検査を行った京都大の松平一成特任助教(霊長類学)によると、「2頭は交尾をできた可能性がある」という。

松平特任助教が調べたところ、アジルテナガザルの生殖器の大きさについての記録が1例あったという。1940年代にイギリスの動物園で飼育されていた個体で、計測すると、平常時に長さ2センチ、根元の太さが1センチとする記録だった。

一方、シロテテナガザルのメスはオスへのアピールのためにお尻を突き出すようなしぐさが見られるという。松平特任助教は「これらのオスとメスの特徴から考えても交尾ができた可能性がある」というのだ。

また、松平特任助教は、アジルテナガザルとシロテテナガザルの種の違いについて、遺伝子的な違いを一般的にイメージしやすいものとして、ネコ科の中で、ライオンとヒョウの違いに近いと説明してくれた。この2種はネコ科の中でも比較的近い種に分類されるという。

野生下における過去の調査でも、テナガザルの交雑種が繁殖していることも確認されたといい、今回の子供についても健康などの問題はないと考えられるという。

一方、動物園施設としては、計画的に繁殖を行うことや、固有の種の保存の役割がある。今回の事態に、同園は「責任を感じている」としていた。

ただ、赤ちゃんはすくすくと成長し2月10日に満2歳となった。体重も2キロほどに増え、そろそろ離乳の時期に当たり元気に動きまわっているという。

テナガザルは、一般的に1組のカップルとその子供らと暮らすケースが多いという。父親が子供と遊ぶ姿は野生下でも確認されているという。

今後の親子の生活について、同園は「一緒に暮らすことが可能か検討していきたい」としている。(小泉一敏)

PETLIFE24事務局2023.03.07

NEW 投稿一覧 OLD
このページのTOPへ
Copyright(c) INUKICHI-NEKOKICHI NETWORK, ALL Rights Resrved.